2018年1月17日水曜日

054 免疫学から本当に学ぶべきことは? (2005.05) 

54. 免疫学から本当に学ぶべきことは?  (2005.05)

癌の予防や治療における免疫の役割のいろんな情報が氾濫していて、現物の人間に「こうすればこうなる」というように、さも解ったかのような書物や民間療法・サプリメント業界の「お話」に出くわします。それらは、詰まるところは「Aという物質がという細胞を刺激する」という試験管内の事実を以って「Aはを有する個体の機能をアップする」というストーリーに収束される。これはさも真理のような論理形式のために、「お話」しているジャーナリストや業者や学者自身までもが信じている場合が少なくないかも知れません。
しかし、実は「Aという物質がという細胞を刺激する」から「Aはや、あるいはを有する個体の機能をダウンする」という現象もまたあり得るのです。どちらに転ぶか不確かである。重要なのはどちらに転ぶかの条件を、生活している人間について、明らかにすることであります。しかしまた、現実にはアップもダウンも言うほどの程度ではないということもあります。

免疫の主役は長らくリンパ球と言われています。➜(注)最近は、進化的に古い単球系の細胞が働く自然免疫の機構の重要性が指摘されて、この領域でノーベル賞が授与されています。抗体を直接産生するB細胞と、それを助けたり自分で種々の免疫反応を行使するT細胞とがあります。あるリンパ球は細胞表面にという抗体様構造を持っていて,特定の抗原構造Aにのみ結合して刺激を受けると、その刺激が細胞内の諸反応を引き起こして細胞が活性化するのです。その特定以外の抗原BやCには刺激を受けないのです。Aの刺激が適当な量であればは確かに活性化するのですが、Aの刺激が僅かすぎると実効は不明で、Aの刺激が強すぎたり付加条件が加わるとは機能不全になることがあります。こういうことは、具体的に個々の細胞に起こる場合もありますが、細胞群全体として扱うとそのような結果になるという場合もあり、解析不十分なことも沢山残っています。このマイナス現象の典型が免疫麻痺や免疫寛容というものです。
また、リンパ球群に対して広く刺激作用のある物質がありますが、これも高濃度であるとリンパ球が機能不全を起こします。さらに、T細胞には免疫反応を活性化するヘルパーT細胞とかエフェクターT細胞とかいう概念的に明快な細胞群の他に、サプレッサーT細胞という免疫反応をダウンさせる細胞群の存在が随分前から分かっています。➜(注)最近は、日本の研究者による制御性T細胞という概念変更があり、ノーベル賞候補になっています。また、癌免疫においては、免疫すると却って腫瘍の増殖を活発にする場合があり、これは免疫促進反応といってよく知られた現象です。つまり、これらは、Aという刺激があっても、状況によっては、結果的にエフェクター細胞群の機能を却ってダウンさせる場合があるのです。どの条件の場合に反応がアップしたりダウンしたりするかが分からない限り、軽はずみなことは言えないのです。基礎研究の中ではそれを明確にする貴重な努力がなされているのですが、現物の人間については、その条件がほとんど解析されてはいません。

麻酔導入の時に、麻酔薬の補助薬として筋弛緩剤の静脈注射を用います。そのうちで、神経から筋肉への刺激を受ける筋肉側のレセプターに結合するサクシニルコリンという薬剤があります。この薬剤はレセプターに結合すると離れ難いので、神経末端から生理的に遊離されるアセチルコリンという物質の結合を阻害して筋収縮が出来なくなり、筋肉が麻痺し続けるのです。この薬剤を静脈注射すると、筋肉が短期間痙攣した後で麻痺します。もし、サクシニルコリンのレセプターに対する結合が簡単に離れる性質ならば、むしろ「短時間性の筋刺激剤」というだけの物質になってしまいます。僅かの属性の差で反応結果が逆になり得る例と思います。