2018年1月17日水曜日

041 ガンの免疫療法も泥沼です (2004.02)

   41. ガンの免疫療法も泥沼です  (2004.02)

10年程前にNHKが、京都大学医学部の基礎免疫専門のA教授の「自己のリンパ球を体外で培養して、そこにある種の因子を加えて抗がん作用を賦活して体内に戻す」治療についての番組を放映しました。A先生は私の2年先輩で、初めは内科入局でしたが、その後基礎に転身しています。NHKの報道では、いつもながら軽薄なことに、培養液に「漢方薬」を加えるというA先生の試みの一つについてスポットを当てていたのです。私はその番組を見て、漢方などを用いる必然性を本能的に胡散臭いと怪しんで、「A先生は本気でこういう報道内容を許したのか」と馬鹿々々しい気持ちになりました。
こういう自己や他人のリンパ球を培養して治療に用いるという仕事は、少なくとも20~30年前から種々の変法を用いて試みられているのですが、結局は今でも確かなものになっていません。今でも書店に行くとそういう治療を勧める本が並んでいます。全てに無効とは言えない構造のものですが、甘い期待を抱かせるような話でないのは事実が繰り返し証明しています。
 A先生はその番組から4~5年位して、胃癌で早逝されました。定期発行の京大医学部同窓会新聞には、A先生の訃報を報じた記事がありました。彼を教授に推薦したと思われる教授が書いていました。A先生がその仕事をしていた頃は、全国から患者さんが押しかけて、キャンパスが混乱したり、学問的には胡散臭くなってきた仕事を止められなかったことの責任を感じているように思える紙面でありました。

昭和53年11月には、日本免疫学会総会が京都で開催されたことを伝える午後7時のNHK総合ニュースは、馬鹿々々しくも、そのタイトルに私の演題発表を私の顔付きで報道したらしい(自分では見ていません)。その直後に、「週刊現代」に怪しい記事もでました。要するに「ビール酵母が細胞性免疫を強化してガンを治す」と言うものです。学会の最中に大学付近の喫茶店に呼び出されて、NHKの取材を受けたのですが、私は、「自分自身はガン治療の実験をしていないし、ガンに効くというような甘い話ではない」ということを強調したので、テレビに出るとは思っていなかったのです。週刊現代は電話取材があったので、この場合も同じ事を言ったのですが、記事が出たら違う風に書かれていました。
私は、教室の先輩の同級生であるB博士に頼まれて、E製薬の委託研究を引き受けたのです。自分のデーターで細胞性免疫の例を見ない程の著しい強化を得たのは確かです。しかし、程度は別にして、それは予想された結果なのです。大学院での数年は免疫の研究でヒット作品が出ていたのですが、この年はそのデーターも品切れになったので、仕方なく、この委託研究を報告して学会ノルマのお茶を濁したのでした。それを、報道に取り上げるのですから、科学部記者がお粗末ということです。実は、栄養学の専門学者であったB先生がネズミのガンにこのビール酵母成分を打ち込むと、ガンが小さくなることに強いインパクトを受けたのが始まりです。B先生は自分がガンや免疫の専門ではないので、その後の免疫学的解析のデーターは小生が担当するような巡り会わせになったのです。その後、B先生は「壮快」とかいうような怪しい雑誌(と小生は思う)にビール酵母の抗がん効果の話題を載せていました。
他の領域の研究者がガン治療に参入する場合は、一寸ガンが小さくなると、過度の期待をもってその治療法の将来を夢想してしまい、ネタ探しのマスコミの無責任さが油を注ぎます。

(注)この数年、やっと「がん免疫療法」といえるような確かな水準の研究成果が出だしていると、権威ある研究者たちが言い始めています。私も期待にワクワクしています。しかし、それは、今まで「がん免疫療法」と言っていたものは、誇大宣伝だったと白状したということです。誇大情報をマスコミに垂れ流してきたことを関係学会に携わる人達とマスコミは責任を感じないといけないと思います。